L-マガ
「L-マガは、自分らしさを大事にしたい大人の女性を応援する読み物です」

「何を生業(なりわい)として生きていくのか」から「どんな生活をしたいか」へ

2020.05.04

 

モダンゆもじスタッフMeliです。

 

 

今日はMeliのなんでもない呟きです。

 

 

小さい子どもに、

「◯◯ちゃんは、大きくなったら何になりたい?」って聞きますよね?

 

幼稚園なんかでもそれを発表させられたりします。

 

私も、いろんな人や、または学校で将来の夢を聞かれてきました。

 

卒業文集などで将来の夢を書かないといけないことがよくありましたが、

 

みんな「プロ野球の選手」とか「花屋さん」とか「看護婦さん」とか、ちゃんと職業を挙げるんですよ。

 

 

私はこれを聞かれるといつも困っていました。

 

だって、なりたい職業なんて、ひとつも思いつきませんでしたから。

 

植物は好きだけど植木屋さんとか花屋さんとか農家になりたいわけじゃない。

 

食べることも料理を作ることも大好きだけど料理人とか料理研究家になりたいわけじゃない

 

身体動かすのは好きだけどプロスポーツ選手になりたいわけじゃない。

 

音楽好きだけどプロのミュージシャンになりたいわけじゃない。

 

動物好きだけどペット屋さんとか獣医になりたいわけじゃない。

 

健康には関心があるけど医者になりたいわけじゃない。

 

英語話すのは好きだけど英語の先生になりたいわけじゃない。

 

 

「好き」と「なりたい」が一致しませんでした。

 

 

大好きなアイドルのお嫁さんになりたいとかなら思ったことあります。

はい、それ職業じゃないです。笑

 

 

夢がないわけではなかったんです。

 

私が漠然と思い描いた夢っていうのは、

 

「子どもがたくさんいる大家族」とか「自然に囲まれた場所に住んで、目の前が海で、その日のおかずは庭からとってきたり、海で自分で釣ってくる生活」とか「南の島でのんびり暮らす」とかです。

なんなら「無人島で暮らしたい」とも思ってました。

 

「大自然に囲まれている」「自然の恵みをそのままいただける」「文明社会から一歩(もっと?)引いている」「賑やかな大家族」というイメージでしょうか。

 

 

夢というと、そういうことしか思い付かなくて、「◯◯になりたい」と職業が言える同級生にくらべると、自分はどこかフワフワしていて地に足がついていないような気がして、ちょっとした劣等感を味わったりもしていました。

 

 

でも大人になるにつれ、どんどん「夢」を忘れ、

 

職業人としてどうありたいか、ということを「考える」ようになりました。

 

この「考える」って、頭で無理やり作り出すみたいなことです。

 

夢っていうのは、ただそこに「在る」んですけど、「どうありたいか考える」って「頭が作ってる」んですよね、無理やり。

 

だから、なぜかやりたい仕事をしているのに深くは満足できず、漠然とした不安があったり悶々としていた時期もありました。

 

自営業となってからも、もちろん学びたいことを学び、やりたいことはやってるんですが「努力して作ってきた自分」とか「積み上げてきた自分」みたいなものを大事にしていた気がします。

 

それも、「自分が作りあげたもの」ですよね。

 

それを否定するつもりもないですが、

 

「ただ~したい」という何の損得勘定もない夢とはやっぱり違うんですよね。

 

どこか無理している感じが否めない。

 

 

今の私はというと、自営業みたいなものではありますが、これといった肩書きはなく、何に一番エネルギーを割いているかというと「主婦」の部分。

 

子どもが3人いて、犬や猫がいて、賑やかというか、ガチャガチャした毎日。

 

庭の草をとって草餅を作ったり、畑の手伝いに行って野菜をもらって食べたり、子どもと釣りに行って夕飯のおかずにしたり。

 

あれ、なんか「夢」に近い。スケール小さいけど。笑

 

 

多分、私はいつの間にか小さい頃から漠然と思ってた「夢」を実現させているんだな、とふと思いました。

 

一生懸命「起業女子」的なものを学んだときもあり、そういうことをやっていた時期もあるけど、

 

余計なことが人生の中でどんどん断捨離されて、

 

気づいたらシンプルに「お母さん」で「夢」に近い生活になっている。

 

「今こうして大きな不自由はなく(小さい不自由はあるかも笑)暮らしているんだからいいや」「なるようになる」的な気持ち。

 

実は頭で考えたら、“心配ごとだらけ”な状態なのですが、

 

頭をはずしたら、気持ちは穏やかです。

 

 

何を言いたいのかというと、

 

子どもに無理やり何になりたいか答えさせるのはやめた方がいいなと思う。

 

聞くならば、「どんな暮らしをしたいか」と聞いたらどうかな。

 

中学生くらいになると、「どんな人間になりたいか」とか考えるさせられるけど、それもやめた方がいいかも。

 

それは頭で考えちゃうから。

 

そして、子どもが言った未熟な答えをそのまま受け取って、「何ゆってんの全く」とか思わないでいいです。

 

それはその子の表現が拙いだけで、

 

そこにその子の本当の夢が隠されていると思います。

 

子どもよ、夢を語れ!です。

 

学校で勉強して、社会に出て、頭でいろんなことを考えると、

 

どんどん夢から離れていくかもしれないけど、

 

年月が経つと人生は整理されて、気づいたら元々の夢に近いところに落ち着いていくのだと思います。

 

 

もう、「仕事(職業)=人生」ではないということ。

 

「暮らし方=人生」だと思います。

 

それが令和時代の生き方かも知れませんね。

 

そんなことをぼんやり思った StayHome 中のMeliでした。